建設コンサルタンツ協会 北陸支部・機関紙への寄稿文 其のニ

ソウル・清渓川復元に伴う高架道路の交通対策とウルサン市・太和江の河川浄化対策

1.はじめに

清渓川(チョンゲジョン)は、ソウル市街地のほぼ中央に位置し、古くから沿川地域の生活排水河川として利用されてきた。1950年代から60年代にかけて、韓国の経済成長に伴い水質の汚濁が悪化、また両岸に朝鮮戦争の難民などがスラムを形成していた。

このため清渓川を暗渠化し、その上を清渓高架道路とする都市改造がおこなわれ1971年に開通した。

その後、2000年代に入って清渓高架道路の老朽化が顕著となり、また市民からの清渓川復元の世論も高まり、高架道路の撤去と河川の復元工事(全長約5.8km)がおこなわれたのである。

その実行を決断したのが前大統領李氏で、ソウル市長時代に3年の歳月をかけて2005年10月に清渓川復元を完成させた。

清渓川復元にあたっては、河川の清掃、沿川地域の下水道化、地下鉄からの湧水放流など河川浄化対策や親水施設を整備して、市民の憩いの場となっている。

では、高架道路と高架下道路の10車線の1日平均16万8500台の交通はどのように対応したのか、当時日本国内での報告が見あたらなかった。

平成19年1月にこれまでお世話になった(株)キタックを退社して時間をもてあましていたところ、清渓川復元の現場視察に韓国ソウルへ行かないか、と「新潟水辺の会」から誘われたのである。

私は清渓川復元現場も見てみたいが、撤去した高架道路の車がどこへ分散されたのか、その対応策が疑問であったので解明したく参加することにし、これを機会に会員となった。

またこの機会に前回に記述した全相伯氏にお会いして、疑問点を詳しく聞くために参加したのが本音である。これについて記述する。

つぎに、私が新潟水辺の会の会員になって通船川や栗ノ木川に関わることとなり、「通船川・栗ノ木川下流再生市民会議」を通じて川とのふれ合いやその浄化に取組んでいる。

2012年、新潟市と友好交流都市の韓国ウルサン市の太和江(テファガン)保全会(社団法人)が来新し、新潟水辺の会が市内の水辺を案内して交流を行った。その時に、かって太和江も通船川より悪水であったが、今では泳げるくらいに水質の改善が図られたとの情報を得た。

そこで2013年は、韓国ウルサン市を訪問して、太和江の水質改善がどのようにして達成されたかを知るため、同年の5月23~26日韓国ウルサン市を訪問する機会を得たので、それについて記述する。

新潟市がウルサン市と友好協定都市となったのは、2002年のサッカーワールドカップ日韓共同開催のときに、お互いが地方開催都市となったことがきっかけである。

これまでの交流は行政が中心で一部民間の交流もなされていたが、より民間の交流を活発にするため民間団体の交流促進も図られることとなった。

ウルサン市は韓国で一番の工業都市で国内GDPがトップで、現代自動車、SK電子、造船、製造業等の企業が集まっており、初期の段階では太和江の水質を悪化させたが、その後大きく改善したのである。

2.清渓川復元に伴う交通対策

当時出発前に少しでも何か情報がないかと探していたら、月刊誌「交通工学」に「ソウルに於ける交通体系改編事業について」と題した報告文がありコピーして往路の機内で予備知識をいれた。

それは、これまでのバス運行が各社それぞれのテリトリーの中で営業展開をしていたが、BRTの導入にあわせて経営の一元化と運行路線の体系化を図るという一度に大々的な改編を実行し、利用者の利便性の向上を図ったものである。

今、新潟市ではBRTを導入しようとしているが、利用者の利便性向上に期待したい。

ソウル到着の初日は皆さんと一緒に清渓川復元現場を視察した。清渓川の両側の道路は、2車線の一方通行で車の流れはスムーズに流れていた。清渓川に架かる橋はすべてタイプが異なっており、見る人の目を楽しませてくれる。日本ならコスト縮減の名のもと同じタイプの橋が架橋されてしまうであろう。

清渓川下流部の広場一面の噴水に清涼感を感じ させる演出で、ここから5.8kmの復元である。

清渓川下流部の広場一面の噴水に清涼感を感じ
させる演出で、ここから5.8kmの復元である。

清渓川の左右岸沿いに遊歩道、その外側の高い ところが2車線の一方通行の車道である。

清渓川の左右岸沿いに遊歩道、その外側の高い
ところが2車線の一方通行の車道である。

屋根付き歩道橋など架橋されている橋のタイプが 異なるので楽しませてくれる。

屋根付き歩道橋など架橋されている橋のタイプが
異なるので楽しませてくれる。

翌日は清渓川上流部とその支川を視察することになっていたが、私はそれには同行せず午前中は市内観光をして、全相伯氏に会うため午後にホテルへ戻ってお会いすることができた。

全相伯氏との再会は、ロイヤルホテルの1Fラウンジでコーヒーを飲みながら2003年(H15年)の日韓技術士会議が韓国束草市で開催されたときの思い出話などしたあと、私が疑問に思っていることを切り出した。

全相伯氏からは私が用意した白紙に略図や漢字を用いて丁寧に説明していただいた。

韓国では、1988年のオリンピックを誘致するためソウル市街地の交通対策の一つとして、清渓川に高架道路橋を建設することになった。その際、全相伯氏がその計画設計に関わったとのことである。

計画は清渓川の流れに沿って占用使用することから川がSカーブしており、当時韓国ではSカーブ橋の設計経験がなく困難であった。そこで日本のスーパーコンサルタントに設計依頼して、施工は韓国内の企業がおこなったとのことである。

清渓川の復元にあたり交通対策は、4つの柱からなっている。

①広域・市循環高架橋道路

ソウル市は、南北に山を配して中央を東西に漢江が流下し、その左右岸に市街地が広がっている。その外周を循環する広域循環高架橋道路と左岸右岸の市街地を循環する市循環高架橋道路が、ソウル市の幹線道路として計画され、現在も建設が進められているとのことである。

ソウル市の幹線道路概念図

ソウル市の幹線道路概念図

②地下鉄の整備

地下鉄は、都市の発展と共に郊外へ延伸しており、現在も建設が進められているとのこと。市内の地下鉄は主に1~7号線により構成され、駅には号線別の番号が付けられているため、初めての利用者にも利用しやすいように配慮されている。

改札は全駅自動改札形式で切符を入れて閉じているバーを体で押して入る型であったが、近年乗降客の増加に伴い流れを良くするため、常時は空いており不正入場の時だけ閉じる型にした結果、利用者から好評を得ているとのことであった。

③バス運行の統一

バス路線の再編計画は、1~9号線まであり8号線まで完成運行しているとのこと。ここで注目すべき点は、これまで各民間事業者に路線設定が委ねられていたが、各社を統一して「速やかな地区間輸送の幹線バス」「地区内輸送の支線バス」「広域急行バス」「地域循環バス」の4系統に分け、バスの運行管理の一元化を図った。

また、これまで路肩側にバス停があり、駐停車の車等が障害となり定時運行が困難であったが、バス専用中央車線方式の導入により定時運行が図られた。

車線中央部のバス停と横断歩道

車線中央部のバス停と横断歩道

④郊外交通に軽電鉄の整備

ソウル市の都市発展は、周囲の山等がグリーンベルト的にバッハーゾーンとなって都市の発展が押さえ込まれていたが、その外側に新興都市が形成され、そことソウルを結ぶ軽電鉄の整備が進められているとのことである。

また既存の鉄道のスピードアップのため、3駅ごとに快速電車の通過路線を増設して利用者へのサービス向上の建設が進められているとのことである。

清渓川を復元したが一部高架橋跡も残している

清渓川を復元したが一部高架橋跡も残している

清渓川復元に伴う交通対策は多様な交通手段を用いたミックスモーダルによる総合交通対応であることが解った。ソウル市民の評価は、全体として受け入れられているが、中には評価していない市民もいるとのことである。

3.太和江の河川浄化対策

訪問団は、新潟水辺の会10名と新潟市国際課と環境対策課から各1名の計12名の団である。団長は水辺の会代表大熊孝(新潟大学名誉教授)である。

訪韓の目的は、ウルサン市の太和江がかっては工場からの排水、排気等環境汚染がひどく公害病の発症などもあり、その改善に取り組んで約10年で水泳大会ができるまでに改善した経緯と手法、政策について知るため、また排水をしている工場や下水道などの水質関連施設を視察することである。

そして新潟水辺の会と太和江保全会との活動情報交換と今後の交流の確認と方法について意見交換するためである。

ウルサン市の概要

ウルサン市の人口は、1962年に85,000人に過ぎなかったが、現代自動車、SKテレコム、造船などの韓国を代表する企業が集積し、2012年現在117万人都市に成長している。その平均人口年齢は35.9歳で、韓国内最低である。新潟市の人口は現在81万人であり、その平均年齢は43.3歳である。

このように成長し続ける都市であることから当然さまざまな環境問題を惹起してきた。特に、ウルサン市を流下する太和江の水質が極端に悪化した。それを、1990年代から行政と産業界、そして市民が協力して、2005年には再び泳げる川に復活させたというのである。その市民の中心が社団法人太和江保全会であり、その有志13人が2012年7月新潟を訪問しており、今回はその交換交流の訪問ということでもある。

河川浄化の手法

河川へ排水する際に徹底的に汚水を浄化して川・海に排出しているということである。家庭からの生活排水は下水道へ95.1%(2012年)の接続率、工場排水は排水基準に満たない場合は下水道へ接続しなければならない。

その排出基準は、日本は下水道からの処理排水、企業からの処理排水であれ、BODで20 mg/Lである。韓国の統一基準ではこれが10 mg/Lである。さらに四大河川といわれる漢江、洛東江、錦江、栄山江はこれより厳しい基準が設けられているとのことである。

特に太和江では3 mg/Lを事業協約基準にしている。これにより、下水道の生活排水や工場排水も太和江へ排出する場合3 mg/Lを守らねばならない厳しい基準である。守れない事業者は下水道へ接続し下水処理場での浄化を義務づけている。

見学に訪れた太和江を放流先とするクルファ下水処理場は管理目標値2.8 mg/Lに設定し、現実の排水は1~2mg/Lであった。なお、同市の下水処理規模は計7ヶ所で日当たり61.4万立方メートルであり、新潟市の約2倍の量になる。

ゴミ一つない太和江をロープによる渡し船に乗船 (旧取水塔が展望施設に改変)

ゴミ一つない太和江をロープによる渡し船に乗船
(旧取水塔が展望施設に改変)

太和江の両岸に遊歩道とその奧に竹林の森1910年 ころ防備林として植林された。

太和江の両岸に遊歩道とその奧に竹林の森1910年
ころ防備林として植林された。

韓国における河川環境を良くしようとする行政・市民・企業の強い志を基に日本の排出基準をはるかに越える厳しい基準で実行していることに敬服する。

ウルサン市の市街地を流下する太和江は、20年前に洪水があり、河道拡幅のため両岸の竹林の伐採計画が提示された。その時に太和江保全会が中心となり反対の市民運動を展開し、竹林の背後地の民地を含めた大公園計画を逆提案して、マスコミからも好意的な論調があり、ついに計画変更により河口からの河床掘削と護岸補強などの代替え案が実施され、現在の竹林と花公園が誕生したのである。

この竹林は川岸に沿って4km植林されており、 韓国では「十里竹林」と呼ばれている。

この竹林は川岸に沿って4km植林されており、
韓国では「十里竹林」と呼ばれている。

十里竹林の背後地には広大な花公園があり、その背後に市街地が展開しており市民の憩いの場である。

十里竹林の背後地には広大な花公園があり、その背後に市街地が展開しており市民の憩いの場である。

太和江保全会の活動

太和江保全会の会員は約200名で、会費は正会員が日本円で12,000円/年。理事役員は48,000円/年である。当会の会費2,000円/年に比べ6~24倍と高く、環境意識と志の高さが太和江を環境面から支えるとともに、市民の高い支持率を得ている。

太和江の浄化には、多くの人と時間を要しておりウルサン市民100万人が力を合わせ多くの河川敷ゴミを拾い、水中ゴミや不法施設を取り除くために環境団体や市民が参加する水中・水辺浄化活動を展開し、企業はきれいな川づくりのために「1社1河川づくり運動」に参加したとのことである。

このような社会運動に大きな役割を果たした太和江保全会に学ぶべきことが多くあった。

まとめ 

2002年第3代のウルサン市長となった朴孟雨市長は、経済成長の基盤をもとに「エコポリス蔚山宣言」を行い、持続可能な生態都市の造成、自然環境保全及び生態系復元、環境保全の活性化を打ち出した。

表敬訪問の際に質問で、「環境改善はどのようにしてできたのか」に対し朴市長は、「産業を発展させようとすると環境が破壊される。二つの関係は相反する関係であるが、次元を代えるとお互いに保護することが共通している。環境と経済がお互いに調和してゆくことが大事。行政が企業と話し合い説得しながら解決し、共存、発展させてゆく」と冷静に語った。

表敬訪問:朴孟雨市長を囲む会員

表敬訪問:朴孟雨市長を囲む会員

日本の排出基準に比べ格段に厳しい基準を設定しているウルサン市の各企業はその処理施設整備などに多大な投資が強いられている。それでも国内企業はウルサン市にあこがれてやってくるという。

太和江の河川環境が極端に悪化し公害病を発症しているなかでの話し合い説得には、何百回と根気よくやったとのこと、最後は行政の実行力によるものと思われるが、大企業に寄り添わなかった姿勢は見習うところがある。

12

清渓川の高速道路を撤去して河川の復元が図られたが、清渓川復元計画や工事報告等は日本国内に出回っているが、高架道路の交通車両対策はどうしたのか、どこへ分散されたのか、の報告等がないので気になっていた。                   
あの大都市ソウル市街地の慢性的な交通渋滞を起こしている中で、交通処理対策をどのように考え、実行したのか、大変興味のある事項であった。 

以前ソウルでは、市街地の渋滞解消策として市街地への自動車の流入を減らすために1つの案を実行した。それは、日の奇数日、偶数日にあわせて自動車ナンバープレート末尾の奇数、偶数に合う車だけを流入を認める規制をした。

その結果は、奇数と偶数の車を2台持ったり、ナンバープレートを2種類持ってその都度付け替えたりしており、期待した効果は得られなかった。

これを日本で採用すれば大きな社会問題等をも引き起こすような制度を思い切って採用する韓国の国民性には敬服する一面もある。だからその交通対策も何か思い切った施策が展開されたのではないかと予想していた。

これまで、清渓川復元の様子が報告されたときに、交通処理問題について質問しても「代替え道路は何もしてないようだ」「車は自然にフラッシュされて他の道路へ回っているようだ」といった回答ばかりで明快な回答が得られていない状況であった。